登場人物
美咲(みさき)
女子大生。就活のエントリーシートの資格欄が真っ白なことに気づき、慌ててITパスポートの勉強を開始。ITは完全に素人。高校時代は可愛くて人気者だったので、ちょっとプライドが高い。素直じゃない。
拓也(たくや)
美咲の高校時代の同級生。東京大学工学部。子どもの頃からパソコンばかりいじってきた生粋のオタク。実は美咲のことが好きだが、10年近く言い出せていない。教えるのは得意だが、口が悪いのが玉に瑕。
今日の問題
今日の問題
全ての通信区間で盗聴されるおそれがある通信環境において、受信者以外に内容を知られたくないファイルを電子メールに添付して送る方法として、最も適切なものはどれか。
- アS/MIMEを利用して電子メールを暗号化する。
- イSSL/TLSを利用してプロバイダのメールサーバとの通信を暗号化する。
- ウWPA2を利用して通信を暗号化する。
- エパスワードで保護されたファイルを電子メールに添付して送信した後、別の電子メールでパスワードを相手に知らせる。
第1幕:閉店後のバックヤードで
雑貨屋のバックヤード。閉店作業を終えた美咲が、発注データのファイルを本部にメール送信しようとしている。久しぶりに顔を出した拓也が、その画面を覗き込む。
美咲
あ、拓也。ちょうどいいところに。これ、本部にメールで送らなきゃいけないんだけど、個人情報も入ってるファイルだから、ちょっと不安で
拓也
あー、それ、今日の問題にすごく近い話だ。ちょっと見せて
美咲
ほんとに?
拓也
うん。『全部の通信経路で盗聴される可能性がある環境で、添付ファイルを安全に送るには?』って問題。ちょうど今、美咲がやろうとしてることじゃん
美咲
じゃあ、これ解けば、私の悩みも解決するってことね
第2幕:パスワード、別メールで送れば安心でしょ?
美咲
じゃあ答えるわね。これエでしょ。『パスワード付きのファイルを送って、パスワードは別のメールで知らせる』
拓也
お、なんでそう思った?
美咲
だって、これ、うちの職場でもよくやってるもの。zipファイルにパスワードかけて送って、後から『パスワードは1234です』って別メールで送るやつ
拓也
実はそれ、"PPAP"って呼ばれてる、けっこう有名などぶな手法なんだ
美咲
どぶ? というか、PPAPって、あの曲の?
拓也
そう、まさにあの曲のノリでつけられたあだ名。"Passwordつき暗号化zipファイルを送ります"→"Passwordを送ります"→"Angoukasu"→"Protocol"の頭文字を取って"PPAP"。ちゃんと元ネタは意識してるんだよね
美咲
そんな適当そうな名前なのに、ちゃんと略語として成立してるの、逆にすごいわね
拓也
うん。ただ、名前のノリとは裏腹に、セキュリティ的には、ほとんど意味がないって言われてる
美咲
え、うちの会社、みんなやってるのに?
拓也
よくある話なんだよね。今日の問題文、よく見て。"全ての通信区間で盗聴されるおそれがある"って書いてあるでしょ
第3幕:鍵付きの箱と鍵、同じ配達ルート
拓也
たとえ話するね。宅配便で、鍵のかかった箱を送るとするじゃん
美咲
うん
拓也
で、その鍵を、同じ配達ルートを通る"次の便"で送ったとしたら、どう思う?
美咲
あ……配達員が中身を見たいと思ったら、箱も鍵も、両方同じルートを通るから、その気になれば両方奪えちゃうんじゃない?
拓也
まさにそれ。PPAPの弱点はそこなんだ。ファイルもパスワードも、結局同じ"盗聴されうる経路"を通って送られてる。盗聴されてる前提の環境なら、両方まとめて見られちゃう可能性がある
美咲
うわ、じゃあ意味ないじゃない
拓也
そう。じゃあイとウはどうかというと、これは"配達ルートの一部区間だけ頑丈なトラックを使う"イメージ
美咲
一部区間だけ?
拓也
SSL/TLSは、自分のパソコンとメールサーバーの間だけを暗号化する。WPA2は、自宅やお店のWi-Fi区間だけを暗号化する。どっちも一部の区間しか守れないから、メールサーバーの先とか、途中の中継地点で盗聴されたら、結局アウト
美咲
じゃあ、正解のアは?
拓也
S/MIMEは、手紙の中身自体を、特殊な暗号インクで書くイメージ。箱がどのルートを通っても、正規の受信者の"専用の鍵(秘密鍵)"がなければ、中身を読めないようにしちゃう
美咲
あ……経路を守るんじゃなくて、"中身そのもの"を守ってるのね
拓也
完璧。だから、途中でどれだけ盗聴されようが、ファイルサーバーを何回中継しようが関係ない。受信者本人の鍵がなければ、誰にも中身が読めないんだ
美咲
……あー! そういうことか! "配達ルートを守る"んじゃなくて、"中身自体を暗号にしちゃう"のが一番強いのね
拓也
そのとおり。"全ての区間で盗聴される"っていう最悪の前提が置かれてる時点で、経路をいくら守っても限界がある。だから中身自体を守れるS/MIMEが正解になるんだ
第4幕:拓也、最悪のシナリオを語り出す
美咲
じゃあ、今すぐこのメール、S/MIMEで送ったほうがいいのかしら
拓也
あ、うん、それが理想なんだけど……もし今のまま普通に送っちゃったら、って考えると、けっこう怖いことになるかもしれなくて
美咲
え?
拓也
たとえばこのファイルが途中で盗聴されて、個人情報が漏れたとするでしょ。そしたらまず本部が謝罪文出すことになって、それがSNSで拡散されて、お店の評判が落ちて、最悪本部から美咲のバイト先の管理体制が問われて、下手したらお店自体が――
美咲
ちょっと、待って
拓也
あ、ごめん、でもまだ続きがあって、そうなると美咲もバイト続けられなくなるかもしれないし、それに関連して就活にも響く可能性が――
美咲
拓也!
拓也
はい
美咲
そんな最悪パターン、何個も先回りして語らなくていいから。今、目の前の対策だけ教えて
拓也
……すみません、つい考えすぎました
美咲
あんた、たまに一つのことから、勝手にどんどん最悪の未来まで早口でシミュレーションし始めるわよね。聞いてるこっちが不安になるから、ほどほどにしなさいよ
拓也
以後、気をつけます……。まずは目の前の対策だけ考えるようにする
美咲
ん、それでいいのよ
第5幕:残りの選択肢を片付ける
拓也
気を取り直して、イとウ、もう少しだけ補足しておくね
美咲
イは『SSL/TLSでプロバイダのメールサーバとの通信を暗号化』……これは、自分とサーバーの間だけだったわよね
拓也
そう。イメージとしては、"家から最初の配送センターまでは頑丈なトラック、そこから先は普通のトラック"みたいな感じ。最初の区間しか守れてない
美咲
じゃあウの『WPA2で通信を暗号化』は?
拓也
WPA2はWi-Fiの暗号化規格。お店や自宅のWi-Fiでの通信は守れるけど、インターネットに出た後の経路までは守ってくれない
美咲
なるほど……。イもウも、"自分の身の回りの一区間"しか守れないから、"全区間で盗聴される"っていう今回の前提には勝てないのね
拓也
そのとおり。区間ごとの対策を積み重ねるより、"中身そのもの"を暗号化しちゃうほうが、どんな経路でも安全っていうのが、今回の問題の教訓だね
美咲
今日から、パスワード別送りじゃなくて、ちゃんとS/MIMEで送るように、店長にも言っておくわ
問題文(再掲)
全ての通信区間で盗聴されるおそれがある通信環境において、受信者以外に内容を知られたくないファイルを電子メールに添付して送る方法として、最も適切なものはどれか。
- アS/MIMEを利用して電子メールを暗号化する。
- イSSL/TLSを利用してプロバイダのメールサーバとの通信を暗号化する。
- ウWPA2を利用して通信を暗号化する。
- エパスワードで保護されたファイルを電子メールに添付して送信した後、別の電子メールでパスワードを相手に知らせる。
まとめ:選択肢ごとの答え合わせ
| 選択肢 | 内容 | 守っている範囲 | 正誤 |
|---|---|---|---|
| ア | S/MIMEでメール自体を暗号化 | 中身そのもの(経路によらず安全) | 正解 |
| イ | SSL/TLSでメールサーバとの通信を暗号化 | 自分とサーバー間の一部区間のみ | 不正解 |
| ウ | WPA2で通信を暗号化 | Wi-Fi区間のみ | 不正解 |
| エ | パスワード付きファイル+別メールでパスワード送付 | 同じ経路を通るため実質無防備(PPAP) | 不正解 |
答えア S/MIMEを利用して電子メールを暗号化する。
覚え方のコツ
経路を守るより、中身自体を暗号にする。
- S/MIMEはメールの中身そのものを暗号化。経路がどうであれ安全
- SSL/TLS・WPA2は、あくまで一部区間だけを守る対策
- パスワード付きファイル+別メール(PPAP)は、同じ盗聴経路を通るため実質無意味
拓也
『全ての通信区間で盗聴されるおそれがある』みたいな最悪の前提が問題文に出てきたら、"経路を守る対策"は全部消去法で切れる、って覚えておくといいよ。残るのは"中身そのものを守る"選択肢だけだから
美咲
最悪の前提が出てきたら、守り方も変わるってことね
おまけ:PPAPが問題視される理由
拓也
PPAPは、盗聴以外にも問題があって、たとえばマルウェア対策ソフトが、パスワード付きzipの中身をチェックできないっていう弱点もあるんだ。だから、ウイルス付きファイルがそのまま通っちゃうこともある
美咲
便利だと思ってたのに、逆に危ないパターンもあるのね
拓也
うん。最近は多くの企業が、PPAPをやめて、クラウドのファイル共有サービスとかに切り替えてるよ
エピローグ
発注データの送信を終え、美咲がノートPCを閉じる。
美咲
ふう。ありがとう、助かったわ
拓也
役に立てたならよかった
美咲
……ねえ、さっきのS/MIMEの話だけど
拓也
うん?
美咲
別に、誰に見られてもいいのよ、内容自体は。ただ、ちゃんと"私にだけ"伝わるように、送ってくれたら、それでいいから
拓也
え、それ、けっこう高度な要求だけど
美咲
あんたなら、できるでしょ
拓也心の声
……それ、暗号化の話のふりして、けっこう際どいこと言ってる自覚あるのかな
美咲
なによ、黙り込んで
拓也
いや、なんでもない。……うん、ちゃんと、美咲にだけ伝わるようにするよ
美咲
……ん、それでいいのよ。じゃ、戸締まり確認してくるから、ちょっと待ってて
今日のポイントおさらい
- S/MIMEはメールの中身そのものを暗号化する方式。経路に関係なく安全
- SSL/TLS・WPA2は、あくまで一部区間だけを守る対策で、全区間盗聴の前提には勝てない
- パスワード付きファイル+別メールでパスワード送付(PPAP)は、同じ経路を通るため実質無防備
- 「全ての通信区間で盗聴される」という最悪の前提が出たら、経路の対策は消去法で除外できる
- PPAPはマルウェアチェックをすり抜けやすいという別の弱点もあり、近年は敬遠される傾向にある
次回もお楽しみに。
この記事はITパスポート試験 令和3年度 問68(テクノロジ系/セキュリティ)の解説です。